『石城日記』の公開
 昨年末に、『石城日記』全巻が本室のホームページ上で公開されることになった。当室所蔵文書のなかでも、利用申請が多い資料の一つとして挙げられるのが、この『石城日記』である。特に、そこに描かれている「絵」に対して関心を持たれていることが多い。
 この日記は絵日記で、頁をめくると食事の光景、読書の様子、祭りの賑わいなど、色彩豊かに日常を描いた絵の数々が目に飛び込んでくる。また、その描写は非常にほほえましく穏やかなものが多い。江戸時代の日記というと、くずし字がぎっしりと細かく書いてある墨一色のものを想像しがちであるが、それとはまったく種を異にしている。
 
著者の尾崎準之助(石城は字)は、武蔵国忍藩(現在の埼玉県行田市)十人扶持のいわゆる「下級武士」であった。「下級武士」というと生活の苦しさが想像されるが、日記を読んでいくと毎日のように多くの友人を呼び、あるいは友人を訪ね、刺身や鍋など豪勢な食事と共に酒宴が催されている。また、料亭のような場所へ仲間たちと繰り出すことも多い。「常に五・六樽を飲むので、友人の家に招かれて飲むときには、まず自宅で二・三樽飲んでから出かける」というほど酒が好きだったようだ。
そんな著者は、酒を買う金に困り帯を質入れするようなこともあったが、実は彼には類い希なる才能があり、その才能が苦しい生活を救い、豪勢な酒宴をすることを可能にしていた。それが「絵」である。屏風や掛け軸そして行灯などの絵の注文を受け、作品を制作し収入を得る、いわゆる副業で生計を立てていたのである。日記には日常の描写だけでなく、注文を受けた絵の下絵なども多く描かれているが、そこからも作品の質の高さを想像することができる。

 この日記は、酒宴の席の献立など委細に渡って描き出されており、江戸時代の食文化や武士の日常生活の実態を解き明かすものとしても大変有用である。彼が意図したわけではないが、彼の優れた才能による描写が、現代のわたしたちに江戸時代の穏やかな日常生活の一端を教えてくれているのである。

石城が日記を書いていた文久年間(所収期間は文久元年六月~同二年四月)は、まさに「幕末動乱」の時代であり、五年後に江戸時代は終焉を迎える。日記の中で時勢にまったく触れていないわけではないが、激しい社会変革が起こった一方で、日記にあるようなほほえましい日常があったということもまた同時代の真実なのである。

明治を迎えた石城は、宮城県へ赴き明治7・8年頃に没したようであるが、きっと晩年まで酒宴を好み、好きな絵を描き続けていたに違いない。 
(古文書室研究員 重田麻紀)

関連文献等の紹介
大岡敏昭『幕末下級武士の絵日記』(2007年、相模書房)
原田信男『江戸の食生活』(2009年、岩波書店)
石島薇山『新修 忍の行田』(1927年、行田時報社)
慶應義塾大学三田メディアセンター発行「三田メディアセンターニュース」(2007年2・3月号の「貴重書紹介」)


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| 石城日記 | 03:05 PM | comments (x) | trackback (x) |
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