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展示資料6 信州松代藩分限帳(真田家文書) 横帳 8.9×18.5cm 宝暦4(1754)年閏2月15日 解説 分限帳は、大名の家臣についてその名前、役職、禄高などを書き上げ記録した一種の「職員録」である。その後の役職や禄高の改変などが追記されているものが少なくない。信州松代藩(長野市)は、元和8(1622)年、真田信之(1566-1658)が信州上田(長野県上田市)から入封した後、幕末に至る迄真田家が領知した。この分限帳は、藩校文学館の創設などで知られる6代藩主幸弘(1740-1815)の時代のもので、右から5人目、佐久間三左衛門にかかわる書き込みから、もと百石扶持であった佐久間家は、その後一度は家禄を「取上」られたものの、後日、五両五人扶持として再興されたことが読み取れる。この佐久間家からは、幕末の奇才佐久間象山(1811-1864)が誕生することになる。 トップに戻る トップに戻る
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